オペラ「イル・カンピエッロ」について

編集者:今日はまずオペラ「イル・カンピエッロ」のお話をうかがいたいと思います。粗筋は大体読んだのですが、騎士アストルフィとして、「イル・カンピエッロ」をどんな感じで捉えておられるのでしょうか。

河野:このオペラはどういうものかというと、ヴェニスに、貴族ではなく、庶民が集まる、ある広場があり、それに面している家々の住人がいて、そこにナポリからある青年騎士アストルフィがふらーっとやってくる。青年は自分の生き方とナポリの貴族社会がしっくりいかず、放蕩して破産したのですが、まあ一回しかない人生じゃないか、楽しもうという感じで、2月のカーニヴァルの時期に、その4日間を楽しみに来るわけです。
河野:今回面白いのはお母さん役の二人をテノールが演じるのです。
編集者:やはり、そういうことですか。 Dona と書いてあるので、これは女性じゃないかと思ったのですが、しかし役をみるとTになっていますね。(注:役の中に、Dona CateとDona Pasquaという名のお母さん役があります。)

河野:そうです、テノールが演じるのです。 ところで何人かの住人がいるのですが、その中にガスパリーナという娘がいて、彼女は両親が亡くなっていないのです。そこに突然伯父さんが後見人として現れ、ああでもない、こうでもないと彼女に文句ばかり言っています。ガスパリーナは自分なりの気取りがあるわけで、私はこの辺の庶民とは違う、フランス語は話せるし、何とか語も何とか語もしゃべれるし、劇場へ行けば、すぐ劇の良し悪しもわかるし、音楽も分かると言って、それともう一つ、付近の庶民はツではないスというヴェネツィア弁だけども、彼女だけはアタチダケハ、チガウワとツクツクツクというような音の別の言葉をしゃべるのです。この辺は日本で上演するむずかしさが有ると思いますが、いわば庶民がべらんめー調で話すのに彼女はざーます弁という感じで、ツ、ツ、ツ、ツという音の勝った発音をします。こういう娘だし、伯父さんファブリーツィオがうるさい連中とは付き合うなというし、周りの人が気になるけれど、彼女は庶民の中には入っていけないわけです。 騎士アストルフィはそのガスパリーナに興味を持ちます。最終的には伯父さんはナポリで宝くじにあたって一山あてたためお金があり、アストルフィはその伯父さんが姪のガスパリーナにもたせる持参金で、別のところに暮らすというハッピーエンドです。

いろいろなオペラの曲のパロディがでてきます。ああ、これはワーグナーだとか、これはドン・ジョバンニだとか、ああ、これはきっとぺリアスとメリザンドみたいだとか、これはアイーダの行進の前だとか、これはシュトラウスみたいだとか、そういうのが、みえみえです。

編集者:そういえばこのオペラは大分あとで作曲されていますね。
河野:1930年代です。
編集者:よく音楽を知っている人でしたら、面白いでしょうね。
河野:そうかもしれませんね、美しいメロディも一杯有りますし。
ガスパリーナの父親は、もともとナポリの貴族でしたが、決闘して居られなくなりヴェニスに逃げてきたのです。そこで身分の違う女性と結婚し娘ガスパリーナを残して亡くなった。 そしてある日突然父親のお兄さんが現れガスパリーナの面倒をみることになったのです。
編集者:それがファブリーツィオですね。
河野:そうです。ガスパリーナは半分貴族なのですが、彼女はそれも知らず、最後に分かるのです。

編集者:オペラの筋書きは、はしょって書いてあって分かりにくいのですが、今のお話でアストルフィのことが分かりました。 あの当時ナポリも、ヴェネツィアも一つの国で、結構遠いですよね。 それが、なぜわざわざアストルフィが来たのだろうと思ったのですが、その辺の事情がのみ込めました。
河野:これはもともとは、ゴルドーニという人の演劇があって、その台本を短くしてオペラが出来ているのです。で、その後があって、アストルフィとファブリーツィオは、家の中で結婚の話をした時に、アストルフィが、1)自分はガスパリーナと結婚します、2)10年間でファブリツィオからどのようにして貴族としてやっていけばいいかを習います、3)その10年間のうちにあなたから借りたお金は返します、4)その代わりあなたはナポリで10年間貴族としてやってください、という約束をします。まあ会社みたいなものですね。
編集者:アストルフィがそう言うのですか。
河野:そういう風なことなんですよ。これはオペラには出てこないのです。オペラには出てこないけれど、ファブリーツィオとの密約というか、ガスパリーナと結婚したいけれど持参金をいくらつけてくれるかという時の話です。

河野:ファブリーツィオはこんなうるさい所ではなくて、もう一度ナポリに帰りたい。彼は宝くじをあててはいるけれど、身分は無いわけですよ。 アストルフィは身分があるので、一緒に帰りましょうというわけです。 ファブリーツィオにあなたは私の家の責任者みたいな形でやっていただいて、僕も10年間で貴族からものを習うということでやっていきましょうというわけです。ファブリーツィオはその前に破産したことはどのようにするつもりなのかと聞きます。 これはオペラの中です。 アストルフィは、持参金をもらったら、負債を持参金でうめると言うのです。
編集者:ガスパリーナが持ってくる持参金で破産した穴をうめようというのですね。
河野:そうそう。 で、今までのように銀行などでなく、あなたに借ります。それを10年間で返します。だからその間ファブリツィオはナポリで身分を保証されるし、自分も破産はしたけれど、たてかえてもらえるので、10年間で立派に更正して借りたものを返しますということになります。 それで、みんなでナポリに帰ろうということになるわけです。
編集者:これはカットされているのですね。
河野:そうです。

編集者:大変現実的な話が裏にあるのですね。 二幕の終わりに、「多額の勘定書きをもって途方にくれて出てきたアストルフィは早速ガスパリーナを口説いて結婚することに」と書いてあって、ここのところはよく分からなかったのですが、今の話で分かりました。
河野:皆を呼んで食べさしたのです。 一つのレストランのものが全部なくなるくらいにです。
編集者:そんなドンちゃん騒ぎをやるのですね。
河野:そうです。今で言うと30-40万円という感じ、あるいはもっとかもしれません。ああ、なくなっちゃったという感じです。
編集者:アストルフィはヴェネツィアに入ってくるときは、あまり心うきうきという感じではないのですね。
河野:いや、はっきり言うとかれは貴族で、楽天家、 しかし、ドン・ジョバンニではない。 世界を旅行して世の中を見、勉強はしたけれど、お金は無くなった、まあしょうがないなという感じです。

編集者:この粗筋によると最初のところで、アストルフィは、三人娘がいて、そのうちのガスパリーナに目をつけるが、ガスパリーナがすぐ家の中に入ってしまうので、ルシエータとニエーゼにも気色を示したと書いてあって・・・。
河野:僕のあとのアリオーソのところに出てくるのですが、要するに、みんな、友達になって、周りのものが喜んでくれれば、僕は幸せだと、貯蓄などどうでもいい、あるお金で贈り物をして、それでみんなが喜んでくれればいいという気で、いくらか残ったら、それはその時よと。 ほんとに経済感覚は無いですよね。お金をもっていて、なんか買ってあげるから来ないというような、それとも違うのです。 まあたわいないもの、ひもなどをあげて、喜んでくれればそれでいいというのです。
編集者:確かにそうですね。 買っていいよと見ず知らずの女の子に言うわけですよね。これだけを見るとずいぶんお金持ちに見えますね。
河野:でもそうじゃないのです。 金にいとめをつけずに・・・という風な役です。
編集者:皆を一喝してみたり、仲良くしようと言ったりもしますね。
河野:あまり怒らないのですが、三幕ではとにかく皆が喧嘩ばかりするので、なんてこったと言って怒るところが有ります。
編集者:楽天家で博愛主義者ですね。
河野:貴族社会の儀礼的なところに辟易しているところもあると思います。
編集者:そういう人物ですと、10年間で返しますというのは、かなり危ういですね。
河野:まあアストルフィがファブリーツィオという、いかめしいおじさんに、あなたは僕を見張っていてしごいてくれと頼むのです。 カットされている部分ですが。ゴルドーニというのは結構有名なイタリーの劇作家です。ホフマンスタール、ツヴァイクだとかという感じの作家ですね。

編集者:音楽はとても美しいという話ですね。
河野:音楽はきれいですよ。 舞台もいいですよ、まだ我々はスケッチしか見ていませんが。
編集者:ああ、そうですか、それは楽しめますね。 いいですね。どんな衣装ででるのですか。
河野:古風なもので、カフスがこんなにすごく厚く、まるでダンベル体操やっているみたいです。厚くて、これをこの夏に着ると思うと・・・。 客席には冷房があっても、舞台はライトで熱せられるので、大変ですよ。 でもオーソドックスなもので、舞台もモダンではなく、その時代のものです。
編集者:私はそういうの好きです。 見た目にも分かりやすいし楽しめますしね。
河野:今回の演出をされる粟国淳さんは、時代考証もちゃんとしているし、彼自身ローマで育ちみたいです。彼のお父さんは、藤原の演出をずっとやってらしたかたで、彼によって藤原のイタリヤ・オペラの演出ががらっと変わったと言われています。 お父様がなくなられた後も淳さんはローマに住んでらして、だからほんとにネイティヴというか・・。

編集者:ベネツィアに行くとピアッツァというのが沢山有るでしょう。
河野:いや、僕は残念ながら、ベネツィアには行ったことが無いのですよ。
編集者:あそこに行くと、この場面がぱっと目に浮かぶようなところが一杯有るのです。 ただカンピエロオという具合にはあまり聞いたことが無いのですが。
河野:イタリア語ではカンピエロですが、ヴェネツィア語では、発音が平板でカンピエロでストレスが無いのです。 ズとかツがなくてみんなスです。
編集者:なるほど、そこでガスパリーナのしゃべる言葉とベネツィアンが話す言葉が違っているわけですね。 イタリー語をよく分かっている人は、その面白さも有るのですね。
河野:言葉が違うので、アストルフィはベネツィアに入ってきた時、みんなの話しが理解できないのです。ガスパリーナは、自分が何でもしゃべれるというので、アストルフィに、“私、女、お父さん、死んだ。 分かる?”というように一生懸命説明するのです。 標準イタリア語はしゃべれるけれども、聞き覚えのある単語を全部つないで話すのです。 こういう言葉の面白さもだせるといいと思っています。 練習もやっていて、面白いです。メンバーも気楽な人たちばかりでね。

編集者:もう立ち当然稽古に入っているのですね。 2ヶ月ぐらいやるのですか。
河野:いや、立ち稽古は先月の20日からです。 外人がすこし入ってくるので、外人組みは今週からです。イタリアだったらプルミエの2週間前ぐらいに集まって、だだだだとやってしまうことが多いので、それにくらべれば、ちゃんとした練習をしています、逆にこのオペラはちゃんとしないと出来ないオペラです。イタリアには珍しいアンサンブルのオペラです。個人技ではなく絡み合いがすごくあります。
編集者:重唱もありますか。
河野:あります。このオペラはむずかしいですが、面白さはわかるし、和気藹々としてやっています。
編集者:先生はいつもドイツ語だけど、イタリア語になると、やはり歌い方が変わるのではないですか。
河野:変わりますよ。 僕はヨーロッパにいたときは、イタリアでも仕事していましたし、イタリア語にたいして全然コンプレックスは無かったのですが、日本に帰ると、ドイツ語専門と思われて、まあもともと日本の二つのオペラ団体があり、二期会がドイツ語、藤原はイタリア語専門というものが昔から何となくあるのですが。
藤原はドイツ語のものはやらないのです。 二期会は最近いろいろなものをやってますが、もともとはドイツ系の先生方が多くて、日本に帰ってくると、僕はイタリア語のオペラを歌うことはなかったです。ちらりと小沢さんのオペラでやった程度で、今回は久しぶりです。
藤原の人たちは、勉強熱心で、歌っている人たちは、話せるか、ある程度分かる人たちです。 凄いと思いますよ。 みなさん1ヶ月2ヶ月単位でイタリアに勉強に行ってます。 熱心だなあと思います。そういう風な必然性を周りも以前はあまり感じていなかったと思います。これは藤原の風潮というか、この何年か五十嵐先生が作り出されて来た意識だと思うのですが。また今は僕らの時代と違って、企業をはじめ様々の奨学金の制度がありますね。恵まれていることです。我々の時代は、と言ってもそんなに昔ではないのですが狭き門だった。
久しぶりにイタリア語をイタリア語のひびき、チェンバロでいうと鍵盤を調節して少し前に出すような音というか、そういう声で歌います。

編集者:声の響きも違うのですね。
河野:ええ、声の響きも違うし、ストレスのかけ方も違います。 ひとりだけ違って聞こえないように頑張るつもりです。
編集者:そうですか、なるほど、そういうこともありうるのですね。
河野:ありますね。

編集者:ウエブで検索すると98年パパゲーノがありますね。 これは二期会ですか。
河野:いや、新国立劇場で、二期会ではありません。 昔、二期会は入っていましたが、やめました。
編集者:もうひとつコンチェルタントでシュレーカーのオペラ「はるかなるひびき」を2000年の1月27日にやっておられますね。
河野:ええ、それもドイツ語ですね。東フィルのオペラコンチェルタントはいろんなもの歌わせていただきました。
編集者:オペラはこのほかにもありますか。
河野:いや僕は日本ではこの程度です。 昔、三枝成彰さんの「千の記憶の物語」というのをやったことは有りましたが。
編集者:欧州では?
河野:オーストリア、フランスやイタリアの劇場でやりました。 
編集者:僕の印象でも、「三夜一夜物語」、「冬の旅」で、ひたすらドイツ語の世界、歌曲の世界という印象をもっていました。

編集者:そうすると藤原歌劇団の固定ファンが結構たくさんいらっしゃるのでしょうね。そうでないとあんなにさっとチケットが売れてしまうことはないでしょうから。
河野:二期会にはそのキャラクター、良さがあって、藤原には藤原のキャラクター、良さがあると言うことでしょうか。
藤原歌劇団は五十嵐先生をはじめ、藤原の方々の努力で、長年かけて作った協力者、後援者というか、そういう風なファンがいるのです。
編集者:五十嵐さんのお嬢さんも出てらっしゃいますね。
河野:ルシェータという役です。 彼女はもうイタリア語はペラペラだし、他の人もほんとに皆よくしゃべりますよ。
僕は昔はイタリア語は全くしゃべれなかったんです。1991年にイタリアにポンと放り込まれて6ヶ月暮らしたことがあります。オペラの仕事でです。辞書引く暇も無くて、舞台稽古に放り込まれた状態でした。まわりは全てイタリア人、ドイツ語も英語も殆どといってよいほど喋らない。イタリア語を頭の中で翻訳するまもなく、イタリア語をイタリア語として理解するしかなかったんです。その滞在の後半は、人々と、普通の会話は出来るぐらいになっていました。 ただ、使わないと、やはりそういう基礎のない語学って言うのはダメですね。
編集者:みなさんたいしたものですね。 そこまでイタリア語が出来る人が、イタリア語で歌うと歌い方も大分違うでしょうね。
河野:大分昔とは変わってきたと思います。

編集者:アストルフィーのアリアがもちろんあるのでしょう。
河野:ちゃんとしたアリアではなくアリオーソが、一幕、二幕で出てきます。どの役もそういうアリオーソみたいなものがあり、あえて言えば主役はガスパリーナとアストルフィになるかなあという感じです。みんな見て笑いが出ると思います、キャラクターがそれぞれ違うので。
編集者:さっきの女性をテナーが歌うのは、女装して出るのですか。
河野:女装ですよ。 もうみんなのりにのって、このオペラが終ってもこのキャラクターでいくじゃないかというような感じです。 いっぺん化粧したらもうやめられない世界みたいに。 この人適役だよね、この声になんて言ってます。

編集者:喧嘩のシーンがたくさんあるそうですね。
河野:有りますね。 日常茶飯事の他愛もない口論です。そういうところはどたばたです。
編集者:喧嘩のところは歌にはならないのでしょう?
河野:いや、歌ですよ。
編集者:歌でやるのですか !
河野:レツィターティーヴは殆どなく、有るとすればガスパリーナとアストルフィです。
河野:こういう種類の、イタリアのアンサンブル・オペラがもっと日本で楽しめるといいですね。
編集者:アンサンブル・オペラというのは、どんな風に考えたらいいのですか。
河野:アンサンブル・オペラというのは、主役がいてアリアが中心になるものではなくて、皆が適当にすこしづつ歌って、それぞれの役柄がはっきりしていて、皆でつくっていくもの。 典型的なのはドン・ジョバンニとかフィガロなどで、シュトラウスにも有ります。ただリヒャルト・シュトラウスのエレクトラとか重いものは、アンサンブルとは言えなくなる。 簡単に言えばそういうことです。
編集者:そうすると歌い手さんも、お互いのことを気にしながら合わせよう合わせようとするのでしょうね。
河野:それはあります。 自分はアリアを歌えばいい、あとは適当でいいとはいかないです。

編集者:合唱もありますか。
河野:合唱もついてます。出番はあまりないですけど。
編集者:話の筋だとあまりないけれど、酒屋の大さわぎでしょうね。
河野:酒屋の大騒ぎと終幕のところですね。

編集者:どんな舞台なのか、多分あのイタリアのピアッツァだろうなと楽しみにしています。ベネツィアに行くと、古臭いホテルばかりでね。 四角いピアッツァの周りに建物がびしっとつまって建っているのです。 その端に道があって他のところへ抜けるようになっています 。そして周りの家やホテルが陽射しが強いから全部窓を締めているんです。 窓ガラスが出ているところなんて殆ど無いんですよ。 木の日除けが締まっていて、しかもそれが古臭くて汚いのです。
河野:フランスのユトリロの絵なんかに出てくるやつですね。
編集者:そうです、そうです。 部屋に入りますと、そんなわけだから、中には古い重たいカーテンがかかっていたりして、暗いのです。それで面白かったのは、広場は多分みなそうなのでしょうけど、真中に筒状の水道栓が有りました。
河野:そうそう、それも出てきます。
編集者:非常にすばらしいのは、そこで人が手を洗ったり、顔を拭いたりするのですが、それ以外に、犬が寄ってきて、水を飲んだり、鳩が集まってきて、水浴びをして、ひっくり返ったり、その水を楽しんでいるのです。それは人間だけでなくて、あらゆる生き物の休憩所みたいで、僕は感激しました。
河野:それもありますよ、今回。
編集者:あの役割は、人だけでなく、鳥や動物もふくめて一緒に仲良くなれるような場所という感じでした。 あのピアッツァでは、どこかの角で喧嘩すれば、周囲の窓があいて、みんながのぞくでしょうね。
河野:当時女性は自分ひとりでは、外に出ていけなくて、また親の許しなくしては他の人と話してはいけなかったのです。 だから二階の窓越しとかヴェランダごしの会話になるのです。 話しているのを見られてもいけないとか、今とはぜんぜん違います。
河野:どの程度面白さがだせるか。 とにかく僕はぶきっちょだし、スロースターターだから頑張らねば。
編集者:ほとんどでずっぱりですよね。
河野:そう、ほとんどでずっぱりです。出ていないのはちょっとだけです。アストルフィだけがイタリア語です。 あとの役は皆ヴェネツィア弁です。 厳密に言うとナポリ弁もあるそうですが、ここでは使いません。(2001年7月9日)