シューベルト歌曲集 「美しい水車小屋の娘」  河野克典(Br)、野平一郎(P)

レコード芸術 2003年11月号 

(準)前回の≪白鳥の歌≫の圧倒的な名唱を受けて、今回の≪美しい水車屋の娘≫である。シューベルトの3大歌曲集の中で、バリトンにとっては最もこなしにくい歌曲集である。
ここ数年で河野克典の歌はすばらしい進境を見せ始めた。声という点についても、ムラのないひびきの充実、豊かなフレージング、巧緻を極めたアーティキュレーションなど、どこをとっても成熱の愉しさを伝えてくれる。
F=ディースカウ以降のバリトン界で、特にリート分野で頭角を現わしているゲンツ、ゲルネ、ヘンシェル、もしくは今月、同じ≪水車小屋≫で鉢合わせしているゲアハーハーの4大外国人バリトンに比して、いささかの遜色もないばかリか、その上、日本人ならではの微妙な”間”のとり方、音符で表わせないような時空間のつくり方など、むしろ河野の歌には新しい発見と創造がある。私は≪白烏の歌≫の数多い録音の中で、河野のCDをベスト・スリーに挙げているのだが、さて、今回の≪水車小屋≫は、≪白鳥≫のようにそのどれもが文句のつけようもないほどの名演とは言い難かった。
まず野平のピアノ(いつもすばらしい解釈とサポートぶりだ)、ともども、開始の2曲、何ともテンポが重い。各節への気配り、予感などを秘めての工夫は見事だが、小川の流れは停滞しがちだ。ことに≪何処へ?≫のテンポは重く、ざわめき立たない。もっと世間知らずの若者らしい率直さがほしいものだ。注意の行き届いているのはよいが、”角を矯めて牛を殺し”ては逆勉果だ。声の充実に関しては過不足なく、コントロールも行き届いているが、≪ぼくのもの!≫では、器楽的処理の精度が要求されよう。情感に流されて音型が崩れてしまった。強敵≪狩人≫の出現に対する憎悪と続く≪嫉妬と誇り≫の二重構造の心理にはさらにドラマとしての緊迫感がほしいところだ。また終曲の各節の間のとり方は、全体の流れをとめてしまう。それぞれのこまやかな内容表現はすばらしいのだが。(畑中良輔)

音楽現代2003年11月号

(推薦) 前作≪白鳥の歌≫で締賛された河野克典のシューベルト第2弾。前回と同様、臨場感溢れる仕上がりが好ましい。冒頭の≪さすらい≫での闊達な言葉捌きと若さの溢れるフレージングに始まり、第2曲≪どこへ≫、に聴ける低音域の滑らかな響き、第7曲≪いらだち≫の前半部での説得力豊かな語感と、後半部の下降音型が生み出す対比感の鮮やかさ、第11曲≪ぼくのもの!≫の溌刺とした感情表現などいずれも耳に残る名唱であり、第16曲≪好きな色≫の短調のメランコリックな情感の中で、弱声を中心とした艶やかな語りかけがことに印象的だった。ピアノの野平一郎も名コンビぶりを発揮、どの曲も一音もおろそかにせず、丁寧に歌を支えて行く姿勢が浮かび上がる。
第17曲≪いやな色≫の短い前奏部に与えたタッチの鋭さと音色の深みを筆頭に、音楽の魅力がふんだんに溢れていた。このように優れたディスクがファンのみならず声楽学習者にも広く聴かれることを望む。(岸 純信)