(推薦)演奏会に、録音に、今や絶好調を続けているリリック・バリトン、河野克典の新録音。それこそ昨年の”美しい5月”、ケルンの西ドイツ放送局(WDR)によって、ハイネのシューマン歌曲一枚が完成した。
今回も河野は期待を裏切ることなく、ナイーヴな感触の中にハイネとシューマンのこまやかな情感を歌い上げている。ことに強声から弱声への移行の自然さは、他の若い世代のバリトン界の中で傑出している。美しい声と柔軟な詩への反応。輝かしい高音は、≪私は恨まない≫の高い2点A音で余裕を見せている。
私は彼の≪白鳥の歌≫のCDを、この歌曲集ベスト3のひとつに選んだことがある。F=ディースカウやヘルマン・プライとならべてである。日本の歌い手が、ここまでハイネや、シューベルトの世界に迫り得るなどと、誰がその昔予想し得たであろう。
彼のオペラでの活躍もたのしみのひとつだが、国際的評価を得るのはリートの世界であろう。今後のレパートリーの充実が楽しみである。今回のピアニスト、マルティン・ツェーンは私にとっては初めての名前と演奏である。レガート奏法が特に美しく、タッチにムラがない。詩と曲の内容を完全に把握しているのがよく解る演奏だ。河野の今後のよきパートナーとなろう。ただまだ若さの残る箇所は、テンポの速い曲などでややフレーズに余裕がなく、焦りの見える部分のあることだ。特に第15曲目の≪昔のおとぎ話の中から≫はコントロール不足が目立つ。旋律の方も、das seh' ich oft im Traumの im の音をピアノ・パートに合わせたのは意図的なものなのか、それともぺータース版の楽譜のミスなのか、今回調べる余裕がなかったが、大した変更には入るまい。元来≪詩人の恋≫の中に人るはずだった≪きみのかんばせ≫などの小曲もすっきり歌われている。
(畑中良輔)
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